言葉に重みがない人は信頼され難い・・言葉の重みの正体とは。腑に落ちるという体験のメカニズム

会話をしていて、「不思議なほど言葉に重みがないな・・」と感じてしまう人がたまにいます。

 

あなたも「なんかこの人軽いな・・」と感じる人と出会ったことがあると思うのですが、おそらくそういう人は、言葉にも重みがなかったはずです・・

 

なぜか「軽いな・・と感じる人=言葉に重みがない人」なんですよね。

 

この記事では、「言葉の重み」についてと、それに絡めて「腑に落ちるという体験のメカニズム」について考えていきたいと思います。

言葉に重みがない人は信頼され難い・・言葉の重みの正体とは。腑に落ちるという体験のメカニズム

言葉の重みの正体とは?

 

いきなり結論から言うと、僕は「物事を実体験ベースで理解できているかどうか」という点が、言葉の重みと関係しているのではないかと考えています。

 

言葉は、概念や意味をちゃんと理解していて、論理的に思考できる人であれば、ある程度うまく使いこなすことができるものですが、言葉が体験と結びついていない限り、どんなに言葉巧みでも、そこに重みは生まれないと思うのです。

 

つまり、実体験が言葉に重みを付加しているのではないかと。

 

ここで使っている「実体験」という言葉は「実際に体験したことじゃないとダメですよ」という意味ではありません。

 

例えば、僕らは第二次世界大戦を経験することはできませんが、それについて「深く考える」ことはできます。

 

この「深く考える」ということも、「深く考えたことがあるという実体験」としてカウントするべきだと思うのです。

 

人間にはものすごい想像力がありますからね。

 

想像力を爆発させることができれば、「本当にそれを体験したのと同等の臨場感を得ることも可能」なはずです。

 

つまり、「実際に体験したこと」または「それについて深く考えたことがあること」を語る時、その言葉には重みが出てくるのではないかと考えています。

言葉に重みがある=情報量が多い=影響力が大きい

 

実際問題として、体験したことが無いことや深く考えたこともないことを、さも自分のことのように語る人の言葉って「中身がスカスカな感じ」がするじゃないですか?

 

おそらく、そういう軽い言葉で「心が動かされた」ことがある人はほとんどいないのではないでしょうか。

 

しかし、実体験に基づいて語られた言葉、何度も何度も繰り返し考えた上で発した言葉には、理屈では説明できない「重さ」があり、心を動かされることが多いと思うのです。

 

つまり、なぜか僕たちの心は、中身がスカスカで軽いものよりも、中身が詰まった重いもののほうに強い影響を受けやすいようにできているということです。

 

妙な例えかもしれませんが、水が詰まった「重いペットボトル」と、全部飲み干された「軽いペットボトル」があったとして、ぶつかった時にケガをする(強い影響を受ける)可能性が高いのは前者ですよね。

 

つまり、物理的にも感情的にも「重い方がエネルギーが大きい」ということで、それは「情報量が多い」と言ってもいいし、「影響力が大きい」と言ってもいいと思います。

 

言葉に重みがない人はなぜ信頼されづらいのか

 

「この人軽いな・・」と感じる人の多くは、おそらく中身がスカスカの言葉ばかりを語ってしまう人なのだと思います・・

 

重みがない言葉とは、前述したように「実体験が伴っていない言葉」「深く考えていない言葉」のことです。

 

こういう言葉って、結構人をイラつかせるものなんです・・

 

例えば、自分が大好きなアーティストについて、ちゃんと曲を聴いたこともない人(実体験がない人)にあれこれ言われたらムカつきますよね。

 

他にも、多くの夫婦が子どもの教育方針でケンカになるのは、教育に対する夫の考えが浅いことが多いからです。

 

つまり、大抵、子どもの教育について「深く考えているのはお母さん」なので、お母さんの立場からすると、自分よりも「考えが浅いと感じる夫の言葉に腹が立つ」わけですね。

 

僕もしょっちゅう妻に叱られていますが、そういう時は大体僕の考えが浅い時です・・

 

あまり考えないで、適当に答えた時の言葉はすぐバレるものですからね・・(自戒を込めて)

 

ということで、「実体験が伴っていない言葉」や「深く考えていない言葉」ばかり語っている人は、知らないうちに周囲の人を苛立たせている可能性があるわけですね。

 

それだと、なかなか人から信頼されないのも当然ですよね・・

「腑に落ちる」という体験・メカニズムについて考える

 

ちょっと視点を変えて、「腑に落ちる」という体験について考えてみたいと思います。

 

なぜ、このテーマについて掘り下げるのかというと、信頼されている人の多くは、「腑に落ちる」という体験を沢山しているように見えるからです。

 

逆に言えば、「腑に落ちた!」と感じる体験をすればするほど、言葉に重みが出てきて、人に信頼されやすくなるのではないかと思うのです。

 

腑に落ちるレベルで物事を理解している人の言葉は「とても重い」ですからね。

 

信頼されるのも当然だと思います。

 

さて、突然ですが、どうすれば「腑に落ちた!」という体験ができるのでしょうか?

 

それはおそらく、過去の実体験、または過去に深く考えていた事柄と、何らかの言葉や概念が結びついて化学変化が起きた時に「腑に落ちる」という体験が起きるのではないかと考えています。

 

例えば、「鬼滅の刃」を読んでとても感動したという実体験を持っている人が、整体師から「呼吸法ってとても重要なんですよ」と聞いたとします。

 

すると、鬼滅の刃では、呼吸法がストーリーの鍵を握るほど重要なスキルとして描かれているので、「なるほど!」と腑に落ちたり。

 

何年もずっと数学の公式を解こうと考え続けていた人が、何気なく読んでいた本の一説で数式を解くアイデアを思いついたりする(腑に落ちる)。

 

こんな感じです。

 

つまり、物事を腑に落ちるレベルで理解するためには、これまで積み重ねてきた「実体験」や「深く考えてきた事柄」が重要になってくるわけですね。

 

逆に言えば、人生の経験値が少ない人や、あまり物事を深く考えたことがない人は、「腑に落ちた!」と思えるレベルで物事を理解することは難しい・・ということになるかと思います。

 

人生の経験値を増やすことの重要性

 

ということで、「腑に落ちる」という体験を増やすためには、その前提として、さまざまな実体験を積み重ねることや、深く物事を考えることが重要になってくるわけですね。

 

どちらもめちゃくちゃ重要なのですが、どちらかというと、実体験(人生経験)を増やすことのほうが、誰でも簡単に取り組める方法なのではないかと思います。(物事を深く考えることをあまりやりすぎてしまうと、人によっては精神疾患などを誘発してしまう可能性があるので・・)

 

経験値が多ければ多いほど、ふとした瞬間にインプットした知識とこれまでの経験が化学反応を起こして「腑に落ちた!」という体験が起きる可能性が高くなるはずですし、それに伴って、言葉の重みが増していくのではないかと思います。

 

人生経験を増やすためのコツは、とにかく失敗を恐れ過ぎないことですね・・

 

そして、とにかく行動するしかありません。

 

こればっかりは抜け道がないので、うまいアドバイスができずすみません・・

 

〇追伸

最後に手前味噌すぎる話をさせてください。

 

僕の整体院では、全てのクライアントさんにセルフケアを行ってもらっているのですが、それは「自らの力で症状を改善していくという経験を大切にして欲しい」と考えているからなんですね。

 

病院に行って薬をもらったり、手術をした人の場合、おそらく自分で病気を乗り越えたというよりは、「医師のおかげで改善した」という感覚になることが多いと思うのです。

 

しかし、日々の生活にセルフケアを取り入れ、自分の生き方と向き合った上で地道に病気を乗り越えたとすれば、その成功体験は一生の糧となるはずです。

 

そして、そういう体験をした人が病気について語った時、その言葉はとても重いものになると思うんですね。

 

そういう濃厚な人生経験を積んでる人って、その後の人生で「腑に落ちる体験」を沢山するものなんです。

 

そして、その度にどんどん言葉の重みが増していき、周囲の人から信頼されやすくなっていく。

 

病気って、みんなから嫌われる存在ですが、こういった視点で見ると、実は悪いことばかりではないと思うのですね。

 

逆に、良くも悪くも、病気ほど濃密な人生経験を運んできてくれるものって、他に無いような気さえします。

 

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