1980年代に「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という言葉が流行したそうです。
ビートたけしさんが考えた言葉らしいのですが、たけしさんらしい皮肉が効いた言葉ですよね。
欧米のように個人を尊重するという文化が未成熟で、村社会的な雰囲気が根強い日本では、個人の意見は尊重されにくい傾向があります。
ひどい組織やコミュニティに所属してしまうと、個人の意見はほとんど無視されてしまうようなこともあるでしょうし・・
「極力、悪目立ちするようなことはしないで、空気を読んで大人しくしてなさい」みたいな同調圧力を食らうことも少なくないでしょう・・
そういう社会の中で生きていれば、「空気を読んでみんなと同じように行動していたほうが安心」と思う人が多いのも仕方ないのかもしれませんが、これからの時代、そういう身の守り方を続けていくのはだいぶ危険なことかもしれません・・
ということで、この記事では、「みんなと同じで安心」という感覚の危険性について掘り下げていきたいと思います。
目次
「みんなと同じで安心」という感覚の危険性
同調圧力
全く話は変わるのですが、僕はスマートフォンを持つのが結構遅いほうだったんですね。
というのも当時は、いわゆる「ガラケー」が好きで使っていて、みんながどんどんスマホに乗り換えていく中、ガラケーの調子が悪くなったら新しいガラケーへという感じで、自分の気にいったものを使い続けていました。
そんな中、「まだガラケーなんだ!?」みたいな感じで、たまにネタにされることがあったのですね。
でも、別に僕がどんな携帯を使おうと自由じゃないですか。
当時は好きで使ってたわけですしね。
だいぶ昔の話ですが、同調圧力のようなものを感じて「なんだか面倒くさいな・・」と思った記憶があります。
みんなと同じような感覚になってしまうことのリスク
世の中を見渡してみると「自分がどうしたいのか」という気持ちよりも、「みんながそうしてるから」という理由で、なんとなく行動してしまったり、流行に乗ったりする人は少なくないようです。
人それぞれなので、それはそれでいいと思うのですが、もしもそういう行動を取ることが、「自分を守り、人生のリスクを減らすことになる」と思っている人がいるとしたら、それはちょっと危険な考えなのではないかと思います・・
なぜ危険なのかというと、そういうことを繰り返していると、知らず知らずの間に「みんなと同じような感覚になってしまう」からです。
みんなと同じ感覚になるということは、レア度(希少性)が下がるということです。
その人独自の個性が消えてしまうので、その人である必要が無くなってしまい、残念ながら、他にいくらでも代わりがいるという状態になってしまいがちです・・
AIによって仕事が減っていく未来が確実にやってくることを考えると、自分を守る方法としては、かなりリスクが高いのではないかと思います・・
みんなと同じことばかりしていると、強みや個性が育たない
安定した人生を望んでいる人は「失敗したくない」という気持ちが強い傾向があり、みんなと同じような行動を選んでしまいがちです。
人生を安定させたいという気持ちは本能みたいなものなので、それ自体何も悪いことではないのですが、本気で安定した将来を望むのであれば、むしろ「人と違った道を選ぶ」ことに慣れていったほうがいいかもしれません。
世の中を見渡してみると、仕事で鋭いアイデアを出せる人、四面楚歌の状況で、思いもよらない打開策を思いつく人、新しい商品を開発する人、悩みを相談すると、適格なアドバイスをくれる人などは、大抵の場合、みんなと同じような考え方や行動はしません。
参考にすることはあっても、それを鵜呑みにすることはなく、もともと存在している考え方の形を変えたり、ミックスさせたりして斬新な化学変化が起きないかどうかを常に模索しているものです。
そのせいで、周囲から変わっている人と言われたり、協調性が無いように思われる場合もあるかもしれませんが、長期的に見れば、やっぱり自分の頭で粘り強く考えることができる人のほうが、世の中から必要とされるようになることが多いのではないでしょうか。
多少変わっていようが、わがままだろうが、その人にしかできない強みを持っている人間であれば、必要とされるはずですからね。
コンプレックスが武器になる!?
「自分は人と違うのかも・・」「周りに合わせるのが辛い・・」
そういうことが沢山あると、自分はダメな人間だと・・コンプレックスを感じてしまいがちですが、実は人と違う価値観を持っているということが大きな武器になることは少なくありません。
僕の話で恐縮ですが、昔から僕はみんなのペースに合わせるのが苦手でした。
自分のペースでコツコツと積み重ねていくタイプなので、みんなと同じことを強制されるような環境に入ってしまったら心の病気になることは間違いないと思い、一切就職活動をせず、自分のペースで生きられる道を探しました。
今は気功師というちょっと変わった仕事をしていますが、自分のペースでコツコツ気功の練習したり、勉強することが全く苦にならないので、僕の気質にピッタリな仕事だと感じています。
昔は「人に合わせられない自分はワガママでダメなやつなんだ・・」と思ったこともありましたが、今ではそれも僕の個性だと思えるようになりました。
コンプレックスだと思っていたことが、気づけば武器になっていたのです。
人に合わせられないということは、人と違った視点や価値観を持っているということでもありますから、自分の中に眠っている独自の価値観や視点を大切にしつつ、月並みで青臭い言葉になってしまいますが「自分らしく生きていく」ことが重要なのではないかと思っています。
自分らしく生きるヒント
とはいえ、どうすれば自分らしく生きられるのでしょう。
人と違う価値観を持とうと思ったところで、一朝一夕にできることではないですよね。
たまに、コンプレックスの現れなのか、ものすごく奇抜なことをしようとして、ちょっとイタイ感じになってしまう人がいますが・・そういうのはちょっと違うんじゃないかなと思います。
「人と違うことをしたほうがイケてる!」みたいな考え方そのものが、実は一番型にハマったミーハーな思考パターンですしね・・
自分らしく生きるということは、無理に人と違うことをしようとしたり、今の自分を否定して、変わらなければダメなんだ!みたいなストイックな感じになることではないと思うのです。
たぶん、自分らしく生きるということをそんなに難しく考える必要はなくて、大切なことは「ちゃんと自分の頭で考えた上で行動する」ということに尽きるのではないでしょうか。
「みんながやってるから」とか「親や友人にすすめられたから」とか、「そういう時代だから」とか、そういう外野の意見を鵜呑みにせずに、「自分は本当にこれが欲しいのか」「本当にこうしたいのか?」「他の選択肢はないのか?」みたいな感じで、日々、自分に問いかけながら、自分の力で行動を選び取っていくのです。
そういうことが習慣化してくると、行動が自分らしくなるのは当然ですよね。
だって、自分の頭で自分の感覚で生きてるわけですから、自然と自分らしさの純度が高くなっていくはずですよね。
自分らしく生きている人って、たぶんそういう地道なことを日々繰り返しているだけなのだと思います。
本当はとてもシンプルな話なんですね。
まとめ
ということで、「みんなと同じで安心」という感覚の危険性について考えていきました。
前述したように、安定した人生を望んでいる人は「失敗したくない」という気持ちが強いので、どうしてもみんなと同じような行動を選んでしまいがちです・・
しかし、いろいろと説明してきたように、その道はかなりのリスクをはらんでいる可能性があります。
本気で安定した将来を望むのであれば、みんなと同じ道ではなく、「自分らしく生きる道」のほうが、独自性を発揮しやすいという意味でも、幸福度を高めるという意味でもメリットが大きいのではないかと思います。
自分らしく生きることに関して、以下の記事が参考になると思いますので、よろしければ是非ご覧ください。
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